けいおん!!! 第一話 

──昔から音楽が好きで、中学の時からバンド活動などしていた二条悠(ゆう)は、高校では軽音部に入ろうと心に決めていた。高校の入学式を済ませた翌日。悠は、幼稚園の頃からの友人、いわゆる幼馴染であり、無事に同じこの高校に合格した松平愛(あい)と、あれこれと話しながら軽音部の部室を目指していた。目的は部活見学のためである。
「どんな人たちがいるのかな。愛知ってる?」
「少しね。噂で聞いただけだけど、結構面白い人たちみたいよ」
「面白いって言ってもなあ。問題は演奏じゃん」
「悠は相変わらずね。少しは肩の力抜いたら?」
「別にいいじゃんか。気になるんだから」
そんなことを話しながら、軽音部部室の音楽室に到着した。悠がノックをすると中から返事があった。扉を開けると、一人の生徒がいた。
長くて綺麗なまっすぐの黒髪が特徴的な人だった。悠の第一印象としては、綺麗な人、というものだった。第二印象としては、でも意外とちっちゃいかも? という感じだった。他に生徒はおらず、閑散としている。
「あの、部活見学に着たんですけど」
悠と愛は簡単に自己紹介する。
「悠さんと愛さんね。よろしく。私は中野梓。三年生よ」
黒髪の先輩はそう名乗った。

  ◇

「他のみなさんは勧誘に出ているんですか?」
「だったらいいんだけど……。あいにく。部員は私しかいないの。みんな卒業しちゃったから」
「えっと……」
梓の反対側のテーブルに並んで座る悠と愛としては、どうしようかという気持ちだった。もう少し賑やかなのを予想していたからだ。自分たちが入部するかそれともしないのか。その選択が重い。好意で出してもらったお茶を悠はすする。何だかよくわからないが、信じられないほど美味しかった。
「……悠。気をつけてね。このティーカップ一つで、昨日あなたが欲しがってたギターが十本くらい買えるかも知れない」
「ま、まじで?」
「ふふ。私のじゃないのよ。卒業した先輩が、好意で置いていってくれたの。その、私も価値とかはよくわからないんだけど……」
「これは確か、イギリスの王朝時代のもので……」
美味しいお茶は会話を円滑にする。初対面ながら和やかなムードだった。
「どんな音楽をやっていたんですか?」
「去年まではどういう形態で?」
会話はやがて音楽話に移行する。最終的に、演奏を見せてください、という悠と愛の要望となった。
「私を含めて五人のバンドだったの。今は私一人だからそのまま演奏は出来ないから……ボーカル苦手だけど、弾き語りでいいかしら?」
「ぜひぜひ」
ボーカルが苦手ということで歌声としては普通だったが、耳に馴染みやすい優しいメロディが特徴のその曲は、なかなか好印象だった。演奏は……けっこう上手だった。
「……やっぱり歌は苦手。どうだった?」
「可愛くて素敵な曲だなって思いました」
「ばか愛。曲はどこかのアーティストの……」
「オリジナル、ですよね?」
愛がそう聞くと、梓は頷いた。
「作ったのは私じゃないのよ。楽譜読める先輩がいて、その人が作ってくれてたの。詞は……誰だろう。私が入部したときはもうあった曲だから。たぶんボーカルやってた人ね」
「なんていう曲なんですか?」
「わたしの恋はホッチキス、っていうの」
変わってるでしょ、と、梓は笑った。でも、どこか寂しそうな笑顔だった。

  ◇

「愛、どうする?」
音楽室で一時間ほど過ごした悠と愛は、入部については保留して、梓とは別れた。
「まだ保留。とりあえず明日にでもまた行って話を聞いてみるつもり」
「気に入ったの!?」
「まだ何とも。でも軽音部に入部するってことは、あの先輩とずっと一緒にやってくという意味だから。やりたいこととか、好きな音楽とか。合わないとキツイでしょ」
「合わないことが分かったら?」
「軽音部に入部しない、ってだけでしょ」
「……いいよね愛は、そーいうとこドライで」
「そういう悠はどうなの?」
悠はあの音楽室での一時間のことを振り返る。あの場所は環境として悪くない。振る舞ってもらったお茶も美味しかった。あの先輩の演奏も良かったし、曲も過剰に突飛じゃない真面目な感じがして安心した。しかし。
「……分かんないな、って」
「なあにそれ」
中野梓という先輩がどういう人なのか分からない。ふつう自分ひとりしかいない部活動へ新入部員(になるかも知れない)後輩が来れば、もっとこう、相手を引き入れようとするものだと思う。だというのにあの、来るものは拒まず、去るものは追わず、というような曖昧な態度は何だろう。
とはいえ自分たちに興味がないわけでもなさそうだった。とりあえず明日も行ってみよう、と悠は思った。