氷菓


わたし、気になります
というのが千反田えるの口癖だ。どうして鍵が閉まっていたのか、ある本の貸し出し履歴の奇妙さ、などなど。細かいことに好奇心という鎌首をもたげるのを躊躇わない小動物系お嬢様。氷菓に端を発した古典部シリーズのヒロインである。やらなくていいことはやらない、やらなければならないことは手短に、をモットーにする省エネ男、折木奉太郎は、元来の考察、推理力に目をつけられて同じ古典部のメンバーである千反田えるの好奇心に振り回される。楽しいとは言わないが無価値ではない、そんな毎日を、友人であり同じく古典部メンバーである福部里志伊原摩耶花とともに送る。教室の密室や愛なき愛読書の謎を解くうち、折木は千反田から相談をうける。幼少の頃、伯父に何と言われたのか思い出す手がかりを調べてほしいと。雲を掴むような話であるが、やがてそれは、33年前の文化祭存続に関わる学生運動の謎のキーポイントとして、そして最後の謎として彼等の前にゆらめくことになる。
地味なヒロインが地味な事件を引っ張ってくるのがこの氷菓に端を発する古典部シリーズだが、それら地味な要素を魅力的なものへ反転させるのは、冒頭のヒロインの口癖の一節だ。わたし、気になります──と。頼まれなくともほいほい出てくる名探偵が謎と言う怪物をばっさばっさと切り倒すのは、それはそれで魅力があると思う。しかし、私気になりますと存在を暴かれた謎はそれだけで魅力的となる。なぜならそれは魅力的なヒロインからのお願いだから──というと少し下世話ではあるけれど、いざ謎を切り倒さんとする手に力がこもるのは事実。謎を構築した者に動機があるように、探偵にも動機があるし必要だ。細やかな謎には細やかな動機、大きな謎には大きな動機。それこそが大きなテーマになる。とするとこの作品のタイトルはあまりに悲劇的。氷菓というのは主人公たちが通う高校の古典部が、毎年文化祭で発表している文集のタイトルだが、願いと言うには切実過ぎ。思いというには悲劇的過ぎる。しかしそれが、よくできたトリックだけでは埋めがたい、この作品の重みに繋がってると思います。